千野:
伊藤さんは6月に社長に就任されて、ブランド力と技術開発力の向上をテーマにかかげています。ただブランドという言葉は多分に抽象的で、使う人によっても意味が異なることがあります。伊藤さんの掲げる富士電機ブランドとはどのようなイメージを描けばいいでしょうか。
伊藤:
大きくは2つの意味を持たせています。一つは社内向けに富士電機グループがまとまるためのシンボルです。もう一つはお客さまに提供する商品、サービスを示すものとしてのブランドです。当社には創業80余年の伝統や勤勉であるというDNAがあります。社内ではそれらを富士電機というブランドに思いを込めて共有し、またお客さまに対しては、富士電機は、あらゆるニーズに対応し、かつ高い付加価値を持った製品を提供する企業であるということが、ブランドになると考えています。
千野:
ブランドというのは、まだ購入していない人やサービスを受けていない人が欲することと、すでに手にしている人が誇らしく思えることが条件という考え方もあります。
伊藤:
その意味では、突き詰めるとブランドとは名前であるとも言えます。当社にとっては富士電機という社名がまさにブランドとなります。社名を聞いて古いと受け止める人もいるかもしれませんが、受け取りかたによっては伝統とも言い換えられます。自信をもってさらなるブランド力の向上を目指していきます。
千野:
かつて労働力、技術、資本、資源の要素がそろう米国は4輪車で、対して日本は労働力、技術、資本の3輪車でした。これに近年はブランドが加わり4輪車となることができました。
伊藤:
まさにブランドこそが企業にとって必要不可欠な新しい要素になったということでしょう。富士電機グループは中核となる事業会社が4社あって、その持ち株会社として富士電機ホールディングスが機能しています。考えようによってはホールディングスの仕事というのは、富士電機ブランドを向上させることだけといっても過言ではないかもしれません。
ただブランド力の向上は言うほど簡単なものではありません。さらにブランド力をつけようという議論が今できるのは、当社には80余年の伝統を支え先輩達が築き上げてきた富士電機ブランドがあるからこそです。
千野:
製造業の持ち株会社をうまく機能させるためにはブランド力を生かした、グループの求心力が必要となりますね。
伊藤:
富士電機グループにあってホールディングスは自由闊達な議論の場であり、グループ経営全体に公正な判断を下す機関だと考えています。
富士電機グループは家族的な雰囲気を持つ会社で、それが長所でもあり、短所でもあります。私がこれまで比較的自由に仕事をしてきたこともありますが、社内で大いに喧嘩できるような雰囲気も必要です。ホールディングスにはそうした社内環境を整える役割もあるでしょう。
千野:
日本の景気は成長時代に入っています。ただかつての成長と異なるのは、全体的な底上げでなく優勝劣敗の中で数字が良くなっていることにあります。国際関係も複雑になるなか、エネルギーなどのリスク要因も増え、企業が勝ち残るには容易ではなくなりつつあります。
伊藤:
最近では特にエネルギー問題がクローズアップされています。この問題は経営リスクとは捉えていません。むしろ電機業界に身を置く立場の我々にとっては大きなチャンスと考えています。確かに素材高騰などの不安要素はありますが、エネルギーを運用するためには、原子力であれオイルであれどんな時代でも電気が中心となります。ですから、我々のパフォーマンスを発揮する場は多いのです。
これまでも技術力によって様々な問題を克服してきました。技術を大事にする姿勢は変えませんが、一方で古い技術に固執する姿勢は変えていきます。少々楽観的かも知れませんが、環境が変わるときには我々もそれに対応して、変化すれば良いのです。
千野:
その柔軟な技術力を軸に今後どのような製品を生み出されるのでしょうか。
伊藤:
事業化、製品化にあたって重要なのは技術のコアを作ることです。私はかつて新規事業として環境事業や情報事業を担当して大きな失敗をしたことがあります。その原因は新規事業にコアとなる技術がなかったことです。その反省に立ち返り、伝統的な技術と基礎研究を積み重ねてきた技術の複合技術を核に据えていきたいと考えます。
伝統的な技術で言えば当社ではモーターが代表格です。例えば、回転機の技術をベースにインバーター技術や制御技術、センサー技術などのコア技術を組み合わせて、今の時代に合った付加価値のある製品をつくっていく。これは、日本人が得意とするすり合わせ型の事業です。一方の基礎研究から生まれた事業としては太陽電池や有機ELなどがあります。長年の研究成果から生まれたまったく新しい技術で大いに期待しています。
▲太陽電池
軽い、曲がるなどの特長を備えたアモルファス太陽電池。熊本に量産工場を建設
千野:
技術開発はすべてを自社でやりきれる時代ではなくなりつつあります。経営資源を考えてもアライアンスが必要になってくるのではないでしょうか。
伊藤:
売上高で1兆円を超え、さらに拡大させるには既存事業の延長で達成するのは確かに困難です。アライアンスが不可欠となるでしょう。ただ社風として他社を飲み込むような手法はとりません。当社の強さを引き出してくれるようなパートナーと戦略的なアライアンスを組んでいきます。
千野:
中期経営計画では売上高1兆円以上とあわせて営業利益率で7%以上を目標に掲げています。かなり高いハードルではないでしょうか。
伊藤:
かつて総合電機メーカーの営業利益率というのは2%から3%で及第点でした。それから見れば7%以上というのは高い目標値となります。しかし、06年3月期は4・6%と5%が目前に迫っており、7%という値は不可能ではなくなりました。計画を達成するには事業ごとに投資の優先順位を決めて実行に移さなくてはなりません。事業会社には我慢を強いることもあるでしょうが、ホールディングスとしてグループの道筋を示していきます。
千野:
優先順位が高い事業というと。
伊藤:
半導体は今がチャンスと考えています。当社が得意とするのはパワー半導体です。ロボットや自動車関連の制御では大電流に対応できるパワー半導体が必要です。幸い大手企業が最大顧客におり、競合メーカーも比較的少ない市場です。汎用メモリーに比べると市場規模は小さくニッチ市場とも言えますが、用途を決めて作る製品のため当社の社風にも合っています。
▲半導体
薄型テレビ市場が拡大するなか、プラズマディスプレイ用高耐圧ICの供給能力を増強
千野:
また、海外事業へ積極的に取り組んでいますが特にアジアへの重点投資は市場性をにらんでのことでしょうか。
伊藤:
海外事業で重要なのはサービス体制など事業展開上のインフラ整備と考えております。インフラを整えるとともに、現地仕様に対応するための開発体制を整えます。当社の製品の大半は工場を抱える製造業がお客さまとなりますので、世界の工場としての地位を固めた中国は最大のマーケットと言えます。中期経営計画で海外事業比率を25%に掲げています。あわせて人材の構成も日本国内も含めた全従業員のうち約20%は外国人としなければ計画の達成は実現できません。海外事業を成功させるには現地の文化を理解する人材も必要なのです。
千野:
海外事業には人材も経営の大きな課題となるんですね。それでは富士電機では、社員の採用や教育という、人づくりに対してはどのような考えをお持ちですか。
伊藤:
今、痛感しているのは経営層の人材が不足しているということです。経営者として成長するにはさまざまな事業を経験することが必要です。そこで、打開策として事業会社の幹部クラスを入れ替えてみようと思っています。当該職場にとっては瞬間的に不都合がでることが予想されます。しかし、個人にとっても職場にとっても力をつけるチャンスとなります。
千野:
製造現場では07年問題で、技能伝承も経営の大きな課題となります。
伊藤:
当社は65歳まで任意で定年を設定できる選択定年制度を導入しました。この制度を活用してベテランから若手へ技能を伝承させようとしています。モノづくりは外部へ発注するとコストダウンが可能ですが、技術・技能が社内に残らなくなります。とくに熟練工を要する製品の製造現場では技能が途絶えると復活は困難です。製造現場では徒弟制度に近い形で技能を伝承させたいと考えています。
千野:
また中期経営計画では経営革新もテーマの一つに上がっていますね。どのような取り組みをしていますか
伊藤:
全社的な取り組みとして営業を含めた間接部門でも『見える化』運動を展開します。当社は製造現場でトヨタ生産方式を取り入れていますが、この手法の一つである『見える化』を営業、事務、さらには研究開発部門で取り組もうとしています。製造現場では必死に行っているムダとりを間接部門では行ってきませんでした。しかし、仕事のプロセスを明確にすることで、問題を顕在化してコストセーブが可能になります。
千野:
全社を同一の運動に仕向けるのは困難な仕事です。しかし、『見える化』の運動が実践できれば全社の仕事を見直すきっかけにもなりますね。
伊藤:
営業などは全体の仕事のうち、どれだけの時間をお客さまとの折衝につかい、見積書の作成にどれだけの時間をかけているかを把握することで、軽減すべき仕事も分かります。またプロセスを明らかにすることで外部からのアドバイスを受けることも可能になり、この『見える化』の運動を通じてグループの意識改革につなげていきたいです。
千野:
とくに今のような変化の激しい時代に富士電機ホールディングスがどのようなかじ取りを見せるかは産業界も注目します。
伊藤:
CSRが脚光を浴びるようになり、企業の透明性やリーダーの公平・公正さが求められる時代になりました。企業のマイナス面には自らの襟を正して取り組み、さらに事業を通じて社会貢献もしなくては存在価値に疑問符が付きます。富士電機ホールディングスはグループのリーダーシップを問われることになるでしょう。富士電機グループは知識集約型の企業集団で、人が財産の企業体でもあります。人材の育成とブランド力で富士電機グループの立脚点を産業界に示してまいります。
千野:
今後のご活躍を期待しております。本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
日刊工業新聞社
社長
千野 俊猛
富士電機ホールディングス株式会社
社長
伊藤 晴夫
氏