【特集】モノづくりの土台を支える 中部の金型産業

 金型は「産業のマザーツール」と呼ばれ、工業製品の量産に欠かせない。自動車や航空機など、モノづくりの土台を幅広い分野にわたって支えている。新型コロナウイルス感染症が拡大し、金型需要のメーンである自動車産業が集積する中部地区にも、少なからず影響がおよんでいる。同地区の金型産業の近況と今後の課題について、日本金型工業会会長の小出悟氏に聞いた。

海外市場 受注獲得が鍵 中国おおむね回復

日本金型工業会会長 小出悟氏

日本金型工業会会長 小出悟氏

―金型産業の現状は。

 「中国市場はコロナ禍の影響から立ち直ってきた。10月以降は通常通りに戻るだろう。日本の国内市場が完全に回復するにはまだ長い時間が必要になりそうだ。2022年の4月ごろまでかかるのではないか。型種別ではダイカストや鋳造、プラスチックなどは苦しい状況にある。当社は自動車エンジンのダイカストや鋳造がメーンだが、9月以降の売り上げは例年の6割と見込んでいる。その一方で自動車関連のプレス金型分野は忙しいとも聞く」

―型種によって状況が異なる理由は。

 「以前から自動車の電動化が進みエンジン部品が減少している上にコロナ禍が重なり、ダイカストや鋳造の大きな需要減につながったと見ている。プレスはボディーをはじめ、意匠に関連しているため状況は異なる。予想だが、自動車メーカーが市場を刺激するためにニューモデルを打ちだし、意匠を新しくしようとしているのではないか。予想が正しければ、ランプ類を中心にプラスチックも今後は忙しくなるだろう」

―落ち込みをカバーするには。

 「中国だけでなく、米国も市場は少しずつ回復に向かっている。日本の国内市場が縮小している分、海外市場からどれだけ仕事を取ってこられるかが重要だ」

コロナ禍 今こそ技術革新

―コロナ禍の今、何をすべきか。

 「『コロナは神様がくれた休暇』、ともとらえている。今こそ新しいモノづくりを生み出す時。従来のようにひたすら作業者の切削技術を追求するのではなく、不良を出さない生産システムの構築にシフトしていくべきだ。金型業界には『金型屋は削ってなんぼ』という考えが残っているが、それでは取り残されてしまう。労力を投入する割合は製造2割、生産準備8割への転換が理想だが、そのためにはIoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)によるデータ解析、ロボット導入による自動化などが必要だ。最近まで大手メーカーは購買部門によるコスト削減を重視し、いかに安く作るかを至上課題としてきたが、こうした旧弊な考えからも脱却して技術革新に力を注ぐべきだ」

―ロボット導入は。

 「当社は導入して今年で3年になる。いまだに使い勝手がいいとは言えず、最適なシステムの構築を模索している最中だ。ロボットシステムインテグレーター(SIer)に外注しようにも金型分野で実績のある企業は少なく、金型についての知識がないので頼めない。そのため、自社で勉強しながらシステム構築に挑戦している」

―今後、取り入れたい技術は。

 「金属積層造形(AM)。次世代技術として注目を集めているが、つまりは溶接だ。金型は削り出して形を作るという固定観念があるが、部分的に溶接で肉盛りして形を付け加える方法も検討の余地がある。実現させるには母材にしっかりとなじむ、信頼性のおける材料の研究を進める必要がある」

連携進めて強い企業へ 技術受け継ぎ、国力維持

―金型業界の今後は。

 「今後は企業間の『連携』がテーマ。例えば金型企業がロボットSIerと組んで金型製造に最適なシステムを作り出してもいい。さらに言えば、企業間で吸収してもいいしされてもいい。金型企業が大手メーカーの傘下に入るのも一つの手段だ。中小企業が強い体質を獲得して中堅企業に成長するのは、これらを取引先に持つ大手にとっても事業継続計画(BCP)の面で利益につながる。多数の零細企業を相手に目先のコストを下げるよりも、技術開発力のある中堅取引先に大きなボリュームで仕事を出すことでコストダウンを考える方が効果的だ。企業と優れた技術の消滅を防ぐことで、国の競争力も維持できる」

―コロナ禍で働き方はどう変わったか。

 「金型業界でもオンライン会議やテレワークなどが浸透しつつある。日本金型工業会の若手グループではオンライン工場見学が積極的に開催されている。これをきっかけに地域グループ間の交流も活発になっているようだ。こういった点がオンラインの良いところ。遠い場所の人々と簡単につながることができ、コストもかからない。私もこれまでは同工業会の会議でしばしば東京へ出張していたが、コロナ禍でオンライン会議に切り替えた。かえって毎日、会員と顔を合わせている状況だ。アフターコロナの世界は今よりもさらに進んだ全くの別世界、ということは十分にあり得る。30年後には、金型の無人工場システムがおおよそ完成して稼働しているのではないか」

岐阜大学スマート金型開発拠点棟

岐阜大学スマート金型開発拠点棟

最新金型研究リポート

岐阜大学 未来を拓く「スマート金型」

 岐阜大学は成形機が不良の予兆をとらえて自律的に成形や加工条件を最適化する「スマート生産システム」の開発に取り組んでいる。2018年からスタートし、事業最終年である3年目に突入。センシング技術の重要性を明らかにし、その手法を確立しつつある。民間企業と緊密に連携し、自動化、省人化による地域産業への貢献を目指す。

自律的に成形条件最適化

センシング技術に注目

 「従来の固定概念では対応できないことがたくさん出てきた」と、王志剛岐阜大学副学長は研究を振り返る。当初は成形機や金型から採取したデータの分析が重要だと考えていたが、実際に着手すると分析可能なデータを取るセンシングの難しさに直面した。有線でセンシングデータを伝送する既存の方法ではデータにノイズが乗ってうまく分析できない。伝送方法を無線にすることでノイズを防いだり、センサーの取り付け箇所を増やしたりと、センシングの質と量の向上に力を入れ始めている。

 製造業は慢性的な人手不足にコロナ禍が加わり、自動化、省人化が喫緊の課題となっている。だが金型による生産は加工速度が速いため、管理者のいない無人稼働では大量な不良品を産み出す恐れがある。これに対しスマート生産システムが目指す究極の未来図は、24時間無人で稼働する工場。システム制御により自動で金型交換や加工条件の最適化が行われるので管理者は不要。実現すれば地域経済の競争力を大きく向上させる。

(左)最大加圧300トンの大型プレス機/(右)金型製造に必要な設備を完備

(左)最大加圧300トンの大型プレス機/(右)金型製造に必要な設備を完備

民間企業の協力

 研究は事業スタートにあわせて18年に開所した「岐阜大学スマート金型開発拠点」で進めている。同拠点は国の16年度補正予算などで整備した。3階建てで、延べ床面積1080平方メートル。投資総額は約7億円。うち建物が4億、機械設備が3億円。研究開発グループごとの研究室や実験室から成る。最大加圧300トンの大型プレス機、射出成形機、非接触型測定機などを保有する。また隣接する「金型工場」と呼ばれる別棟にもワイヤ放電加工機やマシニングセンター(MC)といった金型製造に必要な設備がずらりと並ぶ。

 同大学が金型研究を始めて13年目になるが、当初から協同研究や学生採用などで民間企業との連携を深めてきた。充実した設備は「工作機械メーカーがこれだけの環境を整備してくれた」(王副学長)と説明する。現在、スマート生産システムの事業に10社が協力。地元である中部地区の企業が多い。長年築き上げてきた産学のネットワークが多くの企業の参加につながった。

人材育成で好循環

 同事業は人材育成の面でも地域産業に貢献する。同大学は金型の基礎研究に力を入れているのが特徴だが、学生は基礎知識をしっかり学ぶ一方で連携する企業との最先端の研究にも携われる。王副学長は「学びながら一流企業の技術者と共に開発に取り組めるのは、貴重な体験」と強調する。

 大学で高度な金型知識を身につけた卒業生らは産業界から重宝され、名だたるメーカーに就職。その実績にひかれてさらに多くの学生が研究室に集まり、産学間で好循環が生まれている。

(日刊工業新聞 2020年9月17日付 30面)

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